鈴木守、42歳。彼にとって自宅のトイレは、長年見て見ぬふりをしてきた悩みの種だった。水漏れ修理で紀の川の配管交換しても冬になれば心臓が縮み上がるほど冷たく、目を凝らせば無数の傷と取れない変色が目につく。妻からは「そろそろ新しいのにしたいわね」とやんわり催促され、子供たちも「おばあちゃん家のトイレは暖かいのに」と無邪気に口にする。しかし、業者に見積もりを頼むと出てくるであろう数字を想像すると、どうしても腰が重くなってしまう。この長田区ではトイレや排水管のつまりを専門チームからそんなある晩、彼はスマートフォンの画面に「トイレ 便座 交換 自分で」という文字が並んでいるのを見つけた。そこに映し出されていたのは、自分と同じような素人が、いとも簡単に便座を交換している姿だった。 「これなら、俺にもできるかもしれない」。鈴木の心に、小さな希望の炎が灯った。もちろん、水回りの作業など経験したこともない。もし失敗して水漏れでも起こしたら、節約どころか余計な出費になってしまう。不安と期待が彼の心の中でせめぎ合った。その夜、夕食の席で恐る恐るDIYでの交換を提案すると、意外にも妻は「あなたがやってくれるなら素敵じゃない!」と目を輝かせた。子供たちも「パパ、すごい!」と期待の眼差しを向けてくる。家族からのエールは、彼の背中を力強く押した。もはや後には引けない。鈴木は、一家の主としての威信をかけ、このミッションに挑むことを固く決意した。 次の週末、鈴木はメジャーで測った自宅の便器のサイズを書き留めたメモを握りしめ、ホームセンターへと向かった。広大な売り場で途方に暮れかけていた彼を救ったのは、ベテランらしき店員の一声だった。「便座をお探しですか?サイズは測ってこられましたか?」。鈴木がメモを見せると、店員はてきぱきと適合する商品をいくつか提案してくれた。暖房機能、洗浄機能、価格。カタログスペックを比較検討する時間は、まるで秘密基地の設計図を練るようで、少年の頃のような興奮を彼に与えた。彼は最終的に、予算内で最もバランスの取れた温水洗浄便座と、交換に必要なモンキーレンチを手にレジへと向かった。その足取りは、数日前とは比べ物にならないほど力強く、自信に満ちていた。 そして、運命の作業日。鈴木は説明書を広げ、まるで精密機器を扱うかのように慎重に作業を開始した。止水栓を閉め、古い便座の裏側に手を伸ばす。しかし、最初の関門はすぐに訪れた。便座を固定しているナットが、彼の力を嘲笑うかのようにびくともしないのだ。狭く暗い場所での慣れない作業に汗が滲む。「やっぱり無理だったか…」。諦めかけた彼の耳に、ドアの外から「パパー、がんばれー!」という子供の声が聞こえた。そうだ、ここで諦めるわけにはいかない。彼は一度落ち着き、インターネットで学んだ知識を思い出す。潤滑スプレーを吹き付け、数分待つ。そして、モンキーレンチに全体重をかけるように力を加えると、ギギッという鈍い音と共に、ついにナットが回り始めた。 その後の作業は順調に進んだ。古い便座を取り外し、普段は見えない部分をきれいに磨き上げる。新しい便座のベースプレートを設置し、本体をスライドさせると「カチッ」と心地よい音が響いた。全ての接続を確認し、恐る恐る止水栓を開ける。水漏れはない。完璧だ。完成したトイレに家族を招き入れると、「わあ、きれい!」「暖かい!」と歓声が上がった。その笑顔を見た時、鈴木は心からの達成感を味わった。彼は単に便座を交換しただけではない。自分の手で、家族の暮らしをより快適なものへと変えたのだ。その日、鈴木家のトイレは、彼の自信と家族の笑顔で、どこよりも暖かい場所になった。